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グランベル魔法街へようこそ

グランベル魔法街へようこそ007 リックの料理

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 学園の工房兼住居に戻ると、リックが夕食の準備をしていた。
「学園の仕事の方はいいのか?」
「オレの場合、名目上って感じだからな。新学期入っても、仕事があるのか怪しいぐらいだぜ?」
「暇だったら、月乃のところでも行けば仕事貰えるだろ」
「おいおい。あいつにこき使われろってか?」
「それもいいんじゃないか?」

 適当に返すと、リックは本気で嫌そうな顔をしていた。
「何でそんなに嫌そうなんだ? 十分に美人の範疇だろうに」
「いや、だからこそ、というべきだ。なんせ、あいつはオレに下着を含めた洗濯物を押し付けてきたことがある」
「ああ、それでむらむらしてしまったと。それで顔を合わせ辛いという訳か……」
「おい、勝手に変な納得すんなよ!」

 リックをからかって遊んでいると、ユウがタオルで髪の毛を拭きながら今にやって来た。
「リックが騒がしいみたいだけど、どうかしたの?」
「ああ、リックが月乃の下着に欲情したらしい、という話をな」
「おい、そんなことしてない! 捏造だ!」
 リックが騒ぐが、ユウは半目を向けただけで特に言葉を発しなかった。

 カロンはそんなユウの容姿をまじまじを見つめた。風呂上がりのせいかやや上気した肌にまだ幼さの残る表情はミスマッチでありながら、どこか色っぽくも見える。そして、髪から香る石鹸の匂いはどこか甘さを含んでいる。
「私もどうかしているみたいだな」
「なにが?」
 視線には気付いていなかったようで、カロンの呟きに首を傾げている。
「お前のことが可愛く見えたって話だよ」
 肩を竦めてそう言うと、ユウは急に顔を真っ赤にして、
「バカッ!」
 そう叫び、廊下へと消えた。

「……何かおかしなことをしたか、私は?」
 今度はリックが半目をしてこちらを見てくる。
「お前って歯に衣着せない物言いが多いけど、こういう時にまでそういうのはよくないと思うぜ?」
「何故だ? 容姿を褒めて怒られる理由はない気もするが……」
「だからバカなんだよ、お前は」
 リックは溜息をついて調理に戻り、カロンは一人首を傾げた。

 だが、結局何がおかしかったのかがわからず、そして、答えの出ないことに何時までも付き合うのも馬鹿らしいと思い、思考を打ち切った。
「リック、食事が終わったら、工房の整理を行いたいから手伝ってくれるか?」
「ん? ああ、いいぜ。どうせ暇だしな」
 気のいい友人だ。そのことに感謝する。
 しかし、今はやることがない。匂いや作業工程からして、料理はもうすぐ出来るようだし、何かをするほどの時間はない。

 やることを探し、テーブルの上に食器が出ていないことに気が付いて、食器を出すことにした。
「ステーキか?」
 問いながら、手元を覗くと、微妙に違うもののようだった。
「安かったから、ミンチ肉をまとめて焼いてみた」
「へぇ……」
 内陸に位置するグランベル市では肉が主だ。魚も市場に並ぶこともあるが、日持ちのする干物や塩漬けが主だ。新鮮な魚もとある商人が取り扱っているが、行商人であるため、次にグランベルへ来るのは何時だかわからない。

 ミンチ肉はまとまった形と量で提供されない代わり、店に出せないような端なので、比較的安価に入手できる。その代わり、衛生面でやや不安があり、よく火を通さないと腹を下すことになる。
 リックが今行っている調理はミンチ肉をさらに細かく挽き、それを何らかの繋ぎを使って平たくまとめたもののようだ。どう考えても、ミンチ肉だけでここまで綺麗に成形出来るとは思えない。

 三人分の食器を用意しながら、カロンはリックの手元を注視する。ソースはトマトソースをベースにジャムや香辛料、酒で味を調えたものらしい。カロンは香りでそれを判別する。
「楽しみにしてる」
「おう、任せておけ」
 機嫌よく笑い、リックは固めた肉の両面をしっかりと焼いていく。

 肉の焼ける良い匂いが充満してくる頃になると、自室へ引っ込んでいたらしいユウがまだ頭にタオルを載せたまま俯き加減でやってくる。
「どうした?」
 カロンが不思議がって問うと、ユウにひと睨みされた。
「どうしたものか」

 考え込み、そして、フォルからもらった包みを思い出した。あれは小物入れに入らなかったから、ベルトの突起に引っ掛けておいた。
 落としてはいなかったようで、突起から外して包みを開けて中を確認すると、中身は木製の箱だった。白と黒の木材が組み合わさって、複雑な模様を織りなしている。
「お土産」
 ユウに向けて差し出すと、ひったくるように奪われた。ユウはそれをまじまじと見つめ、四方八方から眺め回す。

「紙が入っているな」
 包みの底には折り畳まれた紙が入っていた。広げて見てみると、それはその箱についてで、
「模様をこの通りにずらすと開くらしい」
 紙を手渡すと、ユウは無言で箱の開封に取り掛かった。程なくして箱が開き、中に何かが入っていたらしい。指を入れて、何かを摘まみ出す。
「それは?」
 差し出されたものを受け取ると、木彫りの人形のようだ。だが、ただの人形のようではなく、至る所に魔法的紋様が刻み込まれている。

「式神用の人形、かな?」
 手順に従えば、動くらしいことはわかったが、肝心の手順が不明だ。まあ、人形に彫り込まれた紋様から逆算すればいいだけではあるが。
「そういえば」
 ユウがようやく口を開いた。相も変わらずタオルが頭に載っており、表情を半分ぐらい隠していたが。

「フォルさんからの依頼ってなんだったの?」
 カロンは言おうか言わないか悩んだが、結局、ぼかして知らせることにした。
「どうやら、楓の刀を新調したいらしい。それで、折角だから魔法剣にしようということで」
「ああ、そういうこと。カエデちゃん、剣持ってるもんね。使ってるところは見たことないけど」

 今ので納得したらしい。まあ、嘘はほとんど言ってない。
「よし、出来たぞ」
 ユウと言葉を交わしている間に、リックの方の料理は終わったらしい。大きめの皿に肉を載せ、その上に
ソースを掛け、周りに付け合せの野菜を盛り付けていく。それとスープとバケットを用意し、カロンたちを席に着くように促した。

「初挑戦だから、あんまり自信はないが……」
「お前が作った料理で不味かったことなんかあったか?」
 揶揄するように言うと、リックは頭を掻き、
「ま、料理には自信あるからな」
「ふっ。誰が自慢しろと言った」
 鼻で笑うと、彼は大げさに肩を落とす。

「持ち上げて落とすの得意だよな、お前って」
「褒めてもなんもあげんぞ」
「褒めてねぇよ!」
「はいはい、さっさと食べよ。料理冷めるよ?」
 ユウの割り込みでリックは落ち着いたのか、大人しく席に着き、

「んじゃ、お祈りしようとするかね」
「めんどくさ」
「駄目だよ、カロン。ちゃんと感謝しないと罰が当たるんだから」
「罰、ね」
 カロンは馬鹿馬鹿しいと笑うが、ユウの顔は真剣だ。まあ、普通の人間ならそういう反応だろう。何せ、精霊は抗ってはいけないものの象徴。新暦になってすでに千五百年程経つが、未だに精霊への信仰は続いている。もっとも、信仰の在り方は大分変ったが。

「わかったよ」
 ユウは精霊に対して盲目的ともいえる信仰を抱いている。いや、盲目的というよりも幻想を抱いている、と言った方が正しいのかもしれない。彼女は精霊という未知を超常的なものとして見ている。ただ、それだけの話だ。カロンは現実を知っているが、それを今ここで言うのはあまりにも大人げない。

 今はただ食事前の定型句を無感情に呟けばいいだけ。そう、それだけだ。
「豊穣を司る地の精霊、海の安全を守る水の精霊よ、その恩恵に感謝し、祈りを捧げます」
 指を組み、額に当てる。水の精霊のくだりを入れるのは沿岸部で育った者に多くみられる傾向だ。
 祈りが終わり、それぞれナイフとフォークを手に食事を始める。

 ミンチ肉にナイフを入れると、肉汁が溢れてくる。
「わーお」
 ユウが感嘆の声を上げ、切った肉の一切れをソースにつけて口に運ぶ。
「んま」
 口に物が入ったまま発音したので、やや不明瞭な声ではあったが、彼女の感動は実際に口にしてみれば頷けるものだ。

「うん、これは上手いな。レシピに追加しておこう」
「そうだな。私も今度真似してみようと思う。それにしても、魔法薬の調合レシピはほとんど覚えないくせに、料理だけは無駄に得意ってどうなんだ?」
「無駄にって言うなよ。第一、魔法薬と料理じゃ全然違うだろ?」

 リックは反論するが、カロンは首を傾げてしまう。カロンとしては両社にそう変わりはない。結局、何かを混ぜ合わせ、それぞれの良さを引き出していくだけだ。料理は味を、魔法薬は効能を引き出す。それだけのことだと思うのだが、
「魔法薬の効能ってのが、ピンとこねぇんだよ。味だったら食べて知ってるから大体わかるんだけどよ」
「なるほど、そういうものか……直感的にわからないと駄目なのか」
「多分な」
 それから料理の話の時折魔法薬の話題を混ぜ、その日の夕餉は終わった。

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