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鮮華伝

鮮華伝006 森州の不穏

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「やあ、かわい子ちゃん」

 錬清の第一声に白扇を含め、宿屋に集っていた面々は顔をしかめた。唯一表情を動かさなかったのは第三分隊隊長の蒼刑だけで、彼は普段から表情に乏しいので内心を推し量るのは至難の業だ。兄弟である修刑でもわからないらしい。

「お前、さっきのはわざとだったのか?」

 改めて問うまでもないだろうが、一応真意を聞いておきたい。そう思っての問いだったのだが、

「その方がお前らにとって都合がいいだろう? 何せ、盟主を男と偽って活動しているんだから」

「私たちの都合を考えてくれた、という訳か。それはありがたいのだが……」

「だが?」

 笑みで問い返してくる彼にため息をつき、

「少々やり口が暴力的ではなかったか?」

「ああ、そういうことか」

 錬清は腰の双剣に触れると、やや苦い顔で、

「どの道、こいつじゃ人は殺せないしな」

「どういうことだ? それは紛れもなく真剣だろう?」

「ああ、模造剣ではないさ。駕刻、ちょっと使ってみてくれるか?」

 そう言って彼は双剣の内、黒い刃の方を抜いて駕刻に渡す。

「しかし、使えと言われてもな……」

「俺の腕を斬ってみればいい」

 袖をまくった腕をすっと伸ばす。

「正気とは思えんな」

「いいからやれよ。俺の正体についても説明しときたいんでね」

「ならば」

 長くはない刃を上段に構え、駕刻は一気に振り下ろした。結果はなにもなかった。

 腕を断つ感触を覚悟していた駕刻は空振りのような感覚に体勢を崩しかけ、そして、錬清の腕には傷一つない。

「斬れないだろ?」

「ああ。しかし、これはなんだ? すり抜けた、のか……」

「いや、斬ってはいるさ。ただ、斬る物が違うんでな」

 駕刻から黒刃の剣を返してもらい、鞘に納める。

「この『悪食』は人に宿る悪意を斬り、そしてその刃の内に吸い取る。だから刃は人の悪意で黒く染まってる」

「まるで仙術だな……」

 正直な感想を述べた白扇だったが、錬清はにこりともせずに、

「正真正銘仙術だからな」

 そう、大して面白くもなさそうに告げた。その内容に、鈴が目を見開く。

「つまり、それは宝貝ってこと?」

「一応。ただ、そう名のある仙人が造ったわけじゃない」

 仙術。そして宝貝。

 仙術はまさしく仙人と呼ばれる人を超えた存在が行使する超常の力のことだ。何もないところから炎や氷を生み出し、大地を揺り動かすことも出来ると言われているが、実際に目にしたことはない。

 宝貝はその仙人が造った物で、仙術のような力を内包した物品だ。形はその力に合わせて千差万別で、その数もどれだけ存在しているのかはわからない。ただ、武器としての性能は人間の造ったそれを遥かに凌駕するらしい。

「つまり、お前はその仙人に通じている。そういうことか?」

「ああ。俺の武術の師匠はそいつだよ」

 傍若無人なのは相変わらずで、人を超えた存在であるはずの仙人でさえそいつ呼ばわり。その肝の太さに感心していいのやら、呆れればいいのやら。

「では、お前が居候しているという祁央の邑主も仙人に通じているのか?」

「あぁ……そうか。詳しく話してなかったな、その辺を」

 そこで一度言葉を切って少し考え込む。

「今すぐ会ってもらうのが手っ取り早くはあるが、事前に今の状況を伝えておく」

「ああ、頼む」

 面々が頷いたのを見て、錬清も頷く。

「まず、俺が居候しているのはお前らが知っている通り、祁州の央邑、祁央だ。その辺は理督のおっさんから聞いたんだと思うがな」

「ええ、私が知っている限りのことは。と言いましても、貴方が祁央にいることぐらいですがね」

「まあ、そんなもんか。じゃあ、ここからはお前らにとって初耳となることか。実をいうと、俺は邑主のところにいるわけじゃない。その一人娘である、宗祁(しゅうぎ)奏歌(そうか)にところだ」

「そういや、宗祁家には一人娘がいるって話でしたね。つまり、あんたは姫様の家に転がり込んでるってわけか」

 修刑の情報は白扇も耳にしたことがある。まあ、邑主の家族の名が外に知られるのは珍しいことではない。何より、基本的に家督は相続されるものだ。

「で、その奏歌だが、世の乱れを愁いていてな。それで、今回の紅紗討伐と相成ったわけだが……」

 白扇たちが卓に広げていた地図のとある箇所に指を置く。そこは帝都である清央から見て南にある州で、

「実は、まだ力のある勢力が存在している。南の森州において森の民と呼ばれる者たちだ」

「初めて聞くな」

「恥ずかしながら、私もです」

 そう白扇と理督が呟き、互いに顔を見合わせる。その様子を布で覆ってない方の目でちらりと見た蒼刑は、

「森の民はもともと南方遠征軍の崩れ者の集まりです。しかし、紅紗のように好き勝手暴れているわけではなく、南方での活動において通行料と称して一定の額の金銭を旅人などから徴収しているだけです」

「詳しいな」

「情報を司るものとして、当然のことです」

 錬清に目礼を送り、蒼刑はそれきり黙りこんだ。

「しかし、そういう者なら刑務官なり軍が動けばそれで討伐できるのではないか?」

 白扇は反論されるのは承知で、ごく一般的なことを述べてみた。錬清もそれには首を縦に振り、

「勿論、そうするのが一番手っ取り早く、わざわざ北の姫様が気を揉むことじゃないだろう。しかし」

 錬清の指が森州の南端からその央邑である森央に移る。

「問題は森央の邑主、覇森(はしん)家だ」

「邑主の一家が何か問題を抱えているのか?」

「いや、そういうことじゃない。覇森は財政的に潤っていて、他の邑とも交易が盛んだ」

「もしや――」

 理督が何かに気づいたように声を上げる。白扇もなにかきな臭さを感じた。

「森の民が徴収した金銭は覇森の懐に入っている。そういうことですか?」

 錬清が手を叩く。

「ご名答。そう、その通りだ。森の民は好き放題に金を巻き上げている。そして、その一部を覇森の懐に入れることによって、覇森の追及の逃れるばかりか、その威光を背にさらに好き放題に振る舞っている、ということだ」

「腐っているな」

 白扇が正直な感想を言うと、錬清は苦い笑みで、

「だから、義勇軍が動く価値がある。だが、まだまだ迂闊には動けない」

「政治的な面か?」

「それもあるが……それよりも根本的なところで、証拠がない。邑主の一家を挙げられるだけの確たる証拠がなければ、俺たちはただの逆賊として干されるだけだ」

「それは困る。しかし、奏歌殿はこの事実を突き止めた訳であろう? ならば、証拠があると言ってもいい筈だ」

「そう簡単な話でもないでしょう」

 理督が感情的になりかけた白扇の言葉に口を挟む。彼は髭を弄びながら、

「悪事を知るのと、その証拠を掴むのでは雲泥の差です。知るだけなら、その現場を見ればわかります。しかし、証拠とは後々においても他者から見てそれが犯罪の印であるとわからなければならない。つまり、物が必要です。この場合、裏帳簿でもあれば挙げられるのでしょうけどね……」

「おっさんの言う通りだ。つまり、奏歌の姫さんは証拠が欲しい。しかし、自由に動かせる人の数が圧倒的に少ない。その上、自身も軽々しく動けない――というのはただの嘘だがな」

 台詞の最後で錬清は笑った。

「まあ、奏歌殿の人となりについてはこの際聞かないでおこう。つまるところ、自由に動かせる人手が欲しいわけだな?」

「腕の立つ、な」

 白扇は考え込む。悪事を知って放っておくのは性に合わない。しかし、相手が相手だ。場合によっては、逆賊の汚名を着せられて手配されないとも限らない。そのような危険に仲間をさらす可能性のある判断をすぐに下すことはできない。

「……少し、待ってくれないか? 鮮華の者全員に聞いてみたい」

「待てるのは二日ぐらいだ。その間、俺はちょっと情報を集める。そのためにそこの蒼刑を借りてもいいか?」

 錬清に指さされた蒼刑は視線を白扇に向けて伺いを立てる。

「お前がこの男に付いて行ってもいいと思うなら行ってもいい」

「では、我は応唯に付いて行こう」

 呟くように言い、視線で頷きを見せる。

「なら、話はある程度まとまった。催促はしないという意味で、二日はこの宿に寄らないことにする。もし用があるならそっちから俺の宿に出向いてくれ。返事は二日後の夜にここで聞く」

「わかった。私もそれまでに総意を聞いて返答をまとめておこう」

 錬清と手を握り合う。彼は蒼刑に何事かを告げると、そのまま足早に宿を出て行った。

 白扇は肩から力を抜く。随分と予定と異なってしまった。

 当初は紅紗を追い詰めるための策を練っていたはずの時間は、今度は森州の政治腐敗をどう暴くかに代わってしまった。忙しいのは慣れっこだが、判断を下すのは未だに慣れない。

 この部屋にいる面々に弱みを見せることはままあるが、それを全ての仲間に対して出来るかというと、そうもいかない。

「疲れているなら早めに休みなさい。あたしは先に寝させてもらうわ」

 鈴は一足先に隣室へと引っ込んでいった。

「では、我々も」

 呟くような声でそう言い、蒼刑と修刑も出ていく。

「さて、私も考えを整理させてもらうとしましょうかね。では、よい夢を」

 理督が腰を叩いて立ち上がる。

 そして、この部屋には駕刻と二人になった。

「俺は兄者に付いて行くだけだ」

「ありがとう」

 彼なりの気遣いに礼を述べ、寝台に寝転ぶ。

「では、俺は隣に」

「ああ。よく休めよ」

「兄者も」

 巨体が静かに動き、隣室へと消えた。

 考えることは多い。

 だが、今は少し静かに休みたい気がした。

 李庵までの往復は思ったよりも疲労を蓄積させていたらしく、白扇の意識はすぐに落ちて行った。
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